エライオンの即位から一週間。
貴族達の動きは活発になった。先王ナッシュバールの行った政策の破棄。
新たな政策は貴族特権の復興という自分達により有利なものとなった。

「さて、どうなることでしょうな。」
 姉さんの執務室に毎日のように来るようになったのは<ミュラー・シルバ>卿。
ガナッシュ卿の長男で今は軍の少将だったはずだ。
英雄ガナッシュの血を受け継いだ者としての期待を充分に応えての身分を得ている。
「なにだがね、少将。」
 質問の意図は分かっているのに、姉さんはとぼけている。
「今後ですよ。この国の、ね。」
 年齢は三十前後だった筈。その歳で少将まで上ったのは彼の実力によるものだと俺は思う。
父の威光を振りかざした事は一度も無く、その事が彼の人望を集めているし、また嫌う者も多数いる。
ま、彼自身その事は気にもしてないようだけど。
「どう思います、ユインロット王子?」
「え、あ、はぁ。」
 急に話を振られ慌てる俺。そこが俺と彼の違いなんだろうな。
「ユインロット王子が王になってくれれば良かったのですが。」
「おい、滅多な事を言うものじゃないよ。」
 ミュラー卿が嗜め一応頭を下げるが納得はしてない様子だ。
「失礼を、まだ若いので。」
 ミュラー卿の後ろで起立しているのは、<ギリース・ランドル>少尉。
ナッシュバール兄さんに憧れ軍に入ったらしく、兄さんに声を掛けて貰った時の事を今でも覚えているらしい。
それからしばらく何気ない話をしてミュラー卿達は帰っていった。
「大変そうですね。」
「何を他人事みたいに言っている。お前も少なからず気になっているのだろう?」
「まぁ……。」
 俺が気になっているのは、エライオン王の護衛。
そこにはあの<ホセナーツ>で闘ったあの大男がいた。
見間違える事の無い雰囲気にあの大剣。
そして街で見かけたラビット。関係が無いと考えるのが不自然だ。
その事は既に姉さんには話してある。

「まったく、面倒な事になりそう。」
 話を聞き終わった姉さんの感想はこれだけ。
姉さんは何を考えたのか俺には分からない。

 で、更に時が進んだ。
円卓を囲んだ面々は口を開くことも無くただ一人立っている少女を見ている。
いや、少女と言える容姿の女だ。
「じゃ次のステップへ進みましょう。」
「次ってようやくか。」
 天井を見つめる男が口を挟む。
「ええ、準備はしっかりしておかないと。」
「それじゃ準備は終わったのかしら?」
「ええ、<火鼠>さんはシルバ少将をお願いします。」
 嬉しそうに口笛を吹く<火鼠>。
「任せろ、で、どこに居る?」
「少将は今は城の筈です。場所は……お任せします。」
「おう、期待しててくれ。」
 嬉しそうに出て行く<火鼠>。
「大丈夫かしら?」
「大丈夫でしょう。後詰は<白兎>さんですから。」
 にっこりと微笑む<毒蛇>。
「失敗するとでも?」
 <跳ね馬>は<火鼠>が立ち去った後を見ながら訊ねる。
「さぁ、状況次第では……と思ってます。」
「<火鼠>さんが失敗とは、あの……何でもないです。」
 口を濁す。言いたい事は分かる。
あの戦闘好きが、と言いたいのだろう。
「念には念を、と言うだけですよ。それと<跳ね馬>さんには港を見張っていて欲しいんです。」
「港、ですか。」
「はい、無いとは思いますが……一応来てもらっては困る人達が居るので。」
 一瞬こっちを見る<毒蛇>。
「誰ですか?」
「ユインロットの従者達です。この状況だと一番面倒な事になりそうなんで。」
「分かりました。戻ってくれば知らせます。」
「お願いします。」
 頭を下げる<毒蛇>と出て行く<跳ね馬>。
「そんなに面倒な連中かしら?」
 薄く笑う<毒蛇>。その顔はいつみても不気味だ。
「彼等の能力は<ラビット>さんの方が詳しいでしょう?」
 ラビット。
そう呼ばれて背筋が凍る。<毒蛇>達にそう名乗ったことは無い。
名乗ったのは、ユイン達だけ。
それをいつ知ったのか……。
生まれて初めての感覚に表情が強張った。
「どうしました、怖い顔をして。」
 <毒蛇>の顔はいつもどおりのにこやかな顔。
「……なんでもないわ。」
 私も部屋を出る。
「期待してますよ。」
 返事をする事も無く部屋を出る。
後ろ手に閉めたドアの前に立ち尽くす。
思わず出る溜息、振り返るとまだ<毒蛇>の視線を感じる感覚。

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